23歳女教師自殺報道を見て

今、朝の8時10分。
テレビで、23歳女性教師の自殺について取り上げられてる。
新任で各学年1名しかいなく、相談もできず、保護者から連絡帳で厳しいクレームの嵐。
その中で、教師になってたった2ヶ月目の死。
その教師の両親が、労災認定の訴訟を起こしたとのこと。

希望に燃え教師になり、何もわからないままいきなり担任になり、必死に指導計画を立てたり、授業の準備をしたり、小規模校だといろんな学校での役割(校務分掌)も複数あり、教室管理もあり、もちろん子ども1人ひとりのことを記録したり考えたり、問題があればそれに対応したり。
その上、新任は年間15日(?)以上は授業のある日に研修で外に出ねばならずその空ける時間の準備や後始末(そのときの丸付けなど)もあり、時間的にも追いつめられる。
報道では、1ヶ月100時間以上の超過勤務って言うたはったけど、充分有り得る話。
私もひどい時には、毎日3時間以上の残業に持ち帰り仕事。
1日平均4時間としても、土日除いても月22日として88時間。そこに土日にもやってる仕事量を考えたら、充分100時間は超える。

保護者からの連絡帳での、担任を責める内容の一部を聞いたとき、本当に号泣してしもた。
一番問題は、もちろん保護者の心ない責める一方の書き方にもよるやろうけれど、その女教師を支える先輩同僚がいてなかったこと。
家族や友達には悩みをもらしたはったらしいけど、やっぱり同じ学校の同僚(せめて同職)やないと対応策など具体的アドバイスなどはしにくい。
きっと、まじめやけど、すごく不器用な人やったんと違うかな。
ある意味、私みたいな。
私が彼女と同じ立場に置かれたら、同じ状態になってしまった可能性が多々ある。
私は、学生時代、幼稚園の実習で保護者の責め苦がなかったのにも関わらず、担当担任からのイジメ(?)と物理的に仕事が追いつかないということから、2週間で完全につぶれた。
結果、幼稚園免許を取ることを断念した。

でも、せめて、死ぬぐらいやったら、辞めることは考えつかへんかったんやろうか?
死なんでも、辞めたらええやん。
無責任になるのはもちろんやけど、死んでも無責任はおんなじやん。
せめて「辞めたら?」とか「辞めてもいいよ」って言うてあげる人がいれば・・・。
ものすごいかわいそうでならない。
23歳といえば、息子と同じ年齢。
ほんとに悲しくてたまらん。

保護者は私も怖い。
いちばん、こわい。
このサイトに来て書き込んでくれたはるような温かい保護者もいれば、自分の子どものことだけしか考えず、ただただほんのわずかな言動だけ、時にはウワサだけで判断し、担任イジメとも言える責め、攻めを猛然と繰り広げる保護者が現実多々ある。
それは、恐ろしいことに、あっという間に他の保護者に伝染する。
担任イジメ。
担任つぶし。
恐ろしい勢いで、繰り広げられる。
目の当たりに見てきた。

学校を転勤した人、学校を辞めた人、悩んで悩んで病気になった人、いろんな同僚を見てきた。
それでも幸い、その新任女教師との違いは、同僚が(ある程度)相談に乗れたこと。
ある時は管理職が助けてあげたはったし、ある時は同学年教師が。
ある時はそこに他学年の教師も入って、学校全職員で改善に向けて体制を組んで守ったこともあった。

子どもも人間。
保護者も人間。
そして、教師もまた人間。

人間、痛めつけられても何にもプラスは生まれへん。
何も問題は解決せえへん。

報道でも「結婚も子育てもしてないから、経験が乏しいのではないか」って連絡帳の内容が言われてた。
は?それって?
あったり前やん。(^_^;)
あほちゃう?って思うわ。
だって、大学卒業した直後ってわかってることやのに、経験乏しいも何も、全然ないのはわかりきってることやん。
そんな教師を、ちゃんと一人前の教師に仕立て上げていくのは保護者の力も大きいねんよ。
「こら、まだまだアカンなぁ。さぁて(ポキポキポキっと指を鳴らす音)、これから私らが鍛えてあげようか~」って張り切って、いろんなこと教えてあげてくれはったらええのに。
回り道に見えて、それがどれほど、結果的には良い方向に向くか。
それだけマジメな教師やったら、教えてもらった声を参考に、一生懸命がんばらはると思う。

私が生まれて初めて教師の仕事をしたのは、ほんの20歳の9月のことやった。
短大を卒業し、教員採用試験の面接で落ちた私は、その短大の専攻科に進んだ。
7月、前述の幼稚園の実習で挫折して悩みながら夏休みを迎えていた。
8月末、某教育委員会から連絡があり、急遽産休の先生の代理講師になってもらえないかという話やった。
突然のことに戸惑ったけれど、幼稚園免許は諦めかけてた時やったんで、思い切って専攻科を辞め、教職の世界に飛び込む決意をした。

いきなりの4年担任。
それも二学期から。
引き継ぎは、その女教師と同じく「なしっ!!」
全く、右も左もわからん盲目状態。
私の小学校教師経験は、たった4週間の実習のみ。
それも、特殊な環境の小学校。
女子ばかりの私立小学校やった。
受験の末選び抜かれたお嬢さん達の学校。
当然、公立の男女共学の小学校とは全然違う。
男子児童に会うのは初めて。

そんな中でのスタートやった。
今、何をすればええのか?
明日、何をすればええのか?
子どもを前にして何をすればええのか?
何をしゃべればええのか?
どんな準備をすればええのか?
何ひとつわからんかった。
その上、障害特性ゆえの記憶力のなさ。
やることさえわからんのに、当然優先順位も何もあったもんやない。

それでも、私は死ぬことも辞めることもなく続けることができた。
それが何でやったか思い出してみると・・・。
1学年4クラスあり、私が超新任で、1名が4月からの新任。
もう1名は数年目やけどしっかりした人。
そして、もう1名の学年主任が実にできた人やった。
やさしかったし、丁寧に教えてくれはった。
私は人に相談するってことが苦手で、相談することさえどうしたらええかわからず、ただ困っててんけど、今から思うに、適当にその主任先生の方から声をかけてくれはったんやろうと思う。

そして、もう一つ。
保護者に支えられた。
その中に、学習がちょっとしんどく、体も小さく、発音もちょっと不明瞭な女の子がいた。
当時の私は何一つ知識も経験もなかったから、その女子がどういう障害があるんやらないんやらわからへんかった。
そのお母さんは、自分の子はしんどい部分はあるけど、普通学級でやって行かせたいと強く思っておられた。
今までの担任からは養護学級を勧められておられたらしい。
私はな~んにもわからへん故に、「そうなんですか」という対応で、特に、どちらがええとも言わんかった。
というより、言えへんかった。
つまり、保護者の意向を尊重した、というよりそうしかわからんかってんけど。
それが結果的には信頼を得た1つの理由になったようやった。

私の取り柄は、ただ「まじめで一生懸命」やった。
その保護者が、いろんな情報を与えてくれはった。
こんな学習方法があります。
こんな研究会があります。
当時はまだ土曜日は学校があったので、休みといえば日曜しかなかった。
その研究会は日曜日のこともあった。
一緒に参加した。
そこで得たものも多くあった。
私には、それは特別なことでもなんでもなく、全て当然というか普通のことやった。
何が、普通で何が特別とかさえわからんかったから。

その保護者は私を育ててくれはった。
主任教師も私を手助けしてくれはった。
私は、こんな何もわけのわからん私でも、学校を辞めずに、しっちゃかめっちゃかなりに勤め続けることができた。

その保護者は教員委員会にも行ってくれはったらしい。
苦情ではなく、逆に「この先生はこんなに熱心で、子どものためにがんばってくれます。ぜひ、来年は某市で雇ってあげてください」って。
それが効いたのかどうかはわからんけど、私はその年無事、採用試験にも合格し、翌4月からは正式教員として某市に赴任できることになる。

今から思えば、ものすごい幸運やったと思う。
出会いにも感謝する。
その学校はたった12月までの3ヶ月だけやった。
赤ちゃんを産まはった先生がとっても元気で、すぐ産休明けから元気で出勤しゃはったから私はお払い箱になってしもた。
ま、そういう契約やってんけど。
その後、3ヶ月間は別の学校の事務職の産休代理。
そして、4月から上にも書いた通り、正式教員となった。

私にとって、この臨時講師での経験は大きい貴重なものになった。
人間を信じることができるスタートになったし、本当にありがたかった。

だからこそ、その報道の女教師が私には、かわいそうでならない。
当然、批判の意見も出ていた。
「そんなことぐらいで」
「その遺書の字は、まだ子どもみたいじゃないか。これではきちんとした教師に見られなくてもしょうがない」
これからも、きっとそんな意見は出てくるやろう。

でもね、人間っていろんな人が居てるやん。
適応能力がある人。
処理能力のある人。
器用な人。

逆に、新しい環境に慣れるのに時間がかかる人。
処理能力の恐ろしく遅い人。
不器用な人。

そんな人でも、がんばっていけるか、育っていけるかは、本人の努力はもちろん、周りの支え、周りの目やと思うねん。
もしかしたら、一見、鈍くさくても、育っていく課程で力を着実に付けてきて、ええ教師にならはるかもしれんやん。

人間、つぶし合ってどないすんのん?
1人の人間をつぶすなんて、いとも簡単。
でも、それで何が生まれるのん?
今すぐ、自分の子どもに良い環境を与えるため、その担任を辞めさせる。
でも、それをつぶさに見てる子どもにそれがどれだけ影響を与える?

自分の母親が担任を降ろそうとする。
子どもの前で平気で担任の悪口を言う母親。
当然、子どももそれに準じる。
教室は殺伐としてくる。
荒れる。
また、保護者が怒鳴り込む。
悪循環違うん?

何とか、話し合いができひんのん?
もしかして、その担任は、対応の仕方がわからへんだけかもしれん。
怒られまくって、ビビってしもて、自分の良さまで殺してしもてるかもしれん。
褒めて励ましてもろたらやる気出してがんばれるのは、子どもだけやない。
教師も人間。

みんなで支え合うってそういうことと違うん?
育て合う。育ち合う。

私はネットで、保護者の方が多く集う掲示板などが苦手。
発達障害の親の会なんかの掲示板でも、教師批判がばんばん飛び出すところには、怖くてふるえてしまう。

私自身、そういう直接的な批判を受けることは、今の時代にしては少ない方やったかもしれん。
そういう意味で、子どもにも保護者にも恵まれてきたと感謝してる。
中には、厳しい内容の連絡帳があったり、校長に訴えがあったり、市会議員に直接訴えに行かれたこともあった。
管理職から呼ばれて怒られたり、注意を受けたりすることもあった。
その都度、強烈に落ち込んだり、体が震えたり、泣いたり、お詫びしたり、いろんなことがあった。
誤解されてるなあって思うことも多かったけど、誤解される言動をしたんは私やし、自分が悪いと反省することも多々あった。

毎朝、連絡帳を開くのは、ものすごく勇気がいること。
びっしり字が並んでたら、心臓のドキドキは高まる。
中には、ええ内容のこともあり、ホッとする。

が、どんな内容の連絡帳にしろ、子どもの下校までに連絡帳の返事を書くのは、とてもとても大変。
とにかく時間がない。
休み時間全部使って書いても追いつかへんことも。
休み時間には、前時の後片付けがあり、次の授業の準備もあり、もちろん子どもが主役やから子どもと話したり、できれば一緒に遊んだり、学習の個別指導をしたり、他の教師との打ち合わせも入る。
問題が起これば、その子どもへの指導も入り、それは時には他クラス、他学年に及ぶことも。
そんな中、連絡帳のお返事を丁寧に書くことは大変困難。
私の場合は特に、字を書くことが障害特性ゆえとっても苦手で読めへん字でさえすっごい時間がかかる。
給食も数分でかっこみ、時には片手で食べながら、片手で書くこともある。
自分がトイレにいく暇さえないこともようある。

その女教師の連絡帳の返事が、「すみません」だけだったと、ますます保護者の怒りをかい、「保護者を見下してるのか」と書かれたと言う。
その女教師は、書きたくても書きようがなかったのではないか。
書く時間もなかったのではないか。
うちの職場では、連絡帳を同僚に見せて、どうお返事を書いたらええやろう?と相談し合ってる姿もあった。
彼女はそれもなかった。

ほんまに悲しい。
みんながやさしいなれたらええのに。

(これはその女教師のことではないけど)
人の心がわかるのが苦手なアスペルガー症候群など自閉性障害もある。
それでも、1つ1つ教えてあげられたら。
1つ1つ教えてもらえたら。
心が痛む。

今は10時過ぎ。
2時間も書いてるなぁ。

まだまだ書くことがありそうやけど、そろそろ終わります。
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by sakifoo | 2006-10-26 10:11 | 報道
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